荘照居成神社(鳥海山大物忌神社摂社)概要: 荘照居成神社の創建は弘化3年(1846)、庄内藩主酒井家の長岡藩(新潟県長岡市)転封阻止に尽力した矢部定謙(江戸町奉行)の顕彰の意から大物忌神社(蕨岡口之宮)の境内に社殿を建立したのが始まりとされます。当時の庄内藩は表高に対し実石が高い余裕のある藩で、藩主と領民の関係も良好だった事から天保11年(1840)川越藩主松平斉典が11代将軍徳川家斉の実子である斉省を養子に迎え影響力が拡大した事で庄内藩主になろうとしました。その為、庄内藩主酒井忠器を長岡藩に長岡藩主牧野忠雅を川越藩にそして自らは庄内藩へと所謂三方領知替えを画策しました。しかし、地元の佐藤藤佐翁・白崎五右衛門翁が中心に住民運動を起こし幕府へ直訴、老中は当時の江戸町奉行矢部定謙に命じて検証を行い、三方領知替えを凍結させました。社殿は一間社、流造、正面屋根には千鳥破風、1間唐破風向拝付、細部には精緻な彫刻が施されており遊佐町指定文化財に指定されています。
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