大仙市:土川集落
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概要・歴史・観光・見所
大仙市土川集落概要:
刈和野を出ると土川
集落
へ付きます。土川集落は中世、黒沢城があった場所で戸沢氏の拠点の1つとして重要視されていました。江戸時代に入ると刈和野街道の整備も進み一里塚なども設置されました。又、宝泉寺の創建は大同年代とも言われていますので早くから開けていた地域だったのかも知れません。現在では主要幹線から外れている為、交通量も少なく静かな
町並み
が続いています。
土川集落:町並み・写真
刈和野
土川
小杉山
雲然
角館
黒沢城
天正8年頃(1592)、黒沢城は案内板よると「土川地区は、角館の戸沢氏の支配下にあった。豊臣秀吉の命により、戸沢氏35城のすべてを破却させられた。その中に黒沢城があった。「月の出羽路」には、戸沢上総介光広の旧館跡としている。宝泉寺領を含めた今泉村境の山に至る広大な城域であったと推定される。」とあります。現在城郭の主郭部分(5m×10m)がみられ石造の祠が鎮座しているそうです。
宝泉寺
宝泉寺の創建は古く大同2年(807)に坂上田村麻呂が開いたとされています(多くの伝承があるようです)。本堂は江戸時代からの建物で大仙市(旧西仙北町)の有形文化財に指定されています。案内板によると「享保17年(1732)建立。作者 富士川与右衛門(佐竹北家お抱え大工) 桁行両端柱真々 23.40メートル、梁間両端柱真々 14.61メートル、木像平屋建、平入り、寄棟造、鉄板葺(旧茅葺) ・・・・(後略)」とあります。境内は古刹の雰囲気がありかなり趣のある空間が広がっています。高台にある為集落なども一望出来なかなかの景勝地だと思います。
熊野神社(土川神社)
熊野神社の元々は宝泉寺と神仏混交した状態だったようです。宝泉寺は寺宝である観音像(慈覚大師作)を包していましたが、天文23年(1554)に天台宗から曹洞宗に改宗開山した時、ある意味分派して観音像は熊野観音堂に安置されることになったようです。写真の建物は熊野神社の里宮の方で奥宮(元宮)は宝泉寺と隣接している場所にあり心像川を挟んだ高台にあります。参道の階段はかなり苔むして雰囲気はあります。
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